届かない住民の思い
1月27日那珂川町小口梅平地区住民主催の公開説明会が開催された。
梅平地区の皆さんは、処分場搬入路の計画の見直しを要望している。今回も、梅平ルートが最適かつ合理的な搬入路として決定された過程の具体的理由とその資料の提供を求めた。
県は、平成16年5月から梅平ル―トについて検討をしたと答えたが、具体的な内容やその資料は処分場の工事が着工した後にならないと見せられないと言った。
「未成熟な資料」とか「住民に無用な心配をさせないため」というのがその理由だが、県にとって都合の悪い文書の公開はしないのが本音である。そんな県に対して何も言わない町。
「町は町民の声を代弁してはくれないのか?!」悲痛な声が会場に響いた。
江戸時代、梅平地区の有力者であった大金重貞さんは、水戸光圀が馬頭へ来た時に自書である「那須記」をさしあげた。そこに書いてある「那須国造碑」は、上・下侍塚の古墳のどちらかが墓であろうと考え、発掘調査をした。日本ではじめて学術的調査がされた考古学発祥の地である。そんなすばらしい地域に最終処分場が・・・・水戸光圀はどのように感じているだろうか。
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