本当の那須はどこにある?
みなさんは、那須と言えばどこを思い浮かべますか?
栃木県那須町、那須高原那須岳、那須ハイランドパーク・・・みんな、現在の那須町あたりですか?
奈良時代、地方が国・郡・里に分けられた頃、那須郡の役所は那珂川と箒川の合流付近の那珂川町梅曽にありました。当時役所には、稲を収蔵する「正倉」、執務室の「郡庁」、役人たちが寝食をする「館」、食糧管理をする「厨家」などがありました。その「正倉」といえば、瓦葺で高床の朱塗りの建物であったと言うから、その次代いかにこの地の文化と技術が発展していたかわかります。
那珂川の豊かな恵みが古くからこの地に人を住まわせ、文化を発展させました。この、那珂川と箒川が合流した地域には、栃木県でも最も古い駒形大塚古墳をはじめ狭い地域に前方後方墳がたくさん築造されるなど特色ある文化が培われました。なす風土記の丘資料館では、こうした古代那須の歴史を紹介し、様々なイベントも合わせて行われています。是非、一度訪れてみたはいかがでしょうか。古代那須国の中心が那珂川町梅曽であったなんて!!地元民の誇りです。
これからの那珂川町、私たちがどうするのか、何をしていくべきなのかを考えるとき、歴史を知ること、郷土に誇りをもつことが大切ではないでしょうか。
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